アラバスタと１年越しの大舞台
燃える白馬の騎手

２月からコンビ復活

　これまで味わったことのない敗戦だった。昨年９月の紫苑Ｓ。秋華賞へ向けての大事なステップレースで江田照男はヤマニンアラバスタに騎乗して１位で入線したものの、直線の進路妨害で５着に降着・・・。間近に迫ったＧ１前に、江田はアラバスタの鞍上から降ろされた。

　裁定を否定するわけではないが、降着になるほどのものでは・・・、と江田に同情的な見方をする向きもあった。

「そういう声があったのは知っているけど、しようがない。ジャッジする人がアウトといえばアウト。ボクらはそれを受け入れるしかないから。だから、自分の悔しさや乗れなくなったらなんて、そんなことはどうでもよかった。このために、秋華賞に出られなくなったり、賞金的に出たいレースに出られなかったり、そういう迷惑をかけたと思うと申し訳なかった。それにこの世界、こういうアヤがつくとなかなか勝てないことは、よくあることだから。」

Ｇ１に向けてがっちりかみ合っていた歯車が狂いだした。

　ヤマニンアラバスタはこの後、秋華賞を柴田善臣、エリザベス女王杯を松永幹夫で臨んだ。「プレッシャーがかかってしまうから」というオーナーの江田への配慮もあった。一時的にアラバスタの鞍上を退いた江田だが、今年２月からコンビは復活した。しかし危惧していたとおり、アラバスタはなかなかきっかけをつかめなかった。

　初めてまたがった２歳の秋から、「重賞を勝てる能力を持っている」と江田は感じていたが、小柄な馬体で精神的な弱さも持っていた。しかし、今年の夏前の放牧は効果的だった。体がたくましくなり、精神的にも強くなった。１０００万下からのスタートとなった新潟の佐渡特別を快勝し、新潟記念で重賞の舞台に帰ってきた。

新潟記念で吹っ切れた

　「そこそこ人気していたけど、何とかして勝ちたかった。（オーナーや調教師が）チャンスをくれたんだし、結果を出さないと、っていうプレッシャーも感じた。どうにかしなきゃいけない。そうでないと、モヤモヤしているものが吹っ切れないと思っていた。」

チャンスを逃したくなかった。大外から１着でゴール板を過ぎたとき、自然とガッツポーズが出た。「これまでで一番嬉しい勝利」とインタビューで言ったのもオーバーではない。

「新潟記念を勝ったことで吹っ切れたというとヘンだけど、この馬の力を発揮できたのが嬉しかった。」

肩の荷が少しは下りた。

　星野忍は、この新潟記念が調教師としての重賞初制覇だった。記念すべき勝利を江田照男のヤマニンアラバスタで飾ったことが嬉しかった。

「この馬は江田が一番乗れているし、馬の気持ちを知っている。失敗もしているけど、一番合っていると信じていたから。江田も悔しい思いをしたからね。」

元ジョッキーの調教師だけに、つらかった江田のことは痛いほど分かっている。

"営業"ＮＯの頑固な職人

　平成３年、デビュー２年目にプレクラスニーで天皇賞（秋）を勝った江田は、コンスタントに年間３０勝以上を挙げている。１０／１６にはＪＲＡ通算６００勝を達成（府中牝馬Ｓ・ヤマニンアラバスタ）したばかりだが、周りからは「もっと頭を下げればいいのに」と言われることもある。「本当はもっとガツガツしなくちゃいけないんだろうけど。でも、これが自分の性格だもんね」と江田は言う。自分から進んで"営業"をすることはない。陽気でおしゃべりなキャラクターだが、頑固な職人のようなところもある。

　「営業しないから、きっちり仕事をしないと生き残れない。乗せてくれるってことは腕を買ってくれているところもあるから、勝てなくなったら乗せてもらえなくなる。依頼されるように成績を残さなくてはならない。自分で狭くしているよね。」

損な生き方なのは分かっているが、職人という響きは悪くないと思っている。

　平成１０年に田子冬樹厩舎を出てフリーとなったが、今でも朝一番の調教は田子厩舎の馬に騎乗する。「師匠のところに所属していなければ、今のボクはないですから。一杯乗せてくれましたし、感謝しています。ここまで育ててくれたのはウチの師匠ですから。手伝うのは当然でしょう。」

そこでは、デビュー１６年目を迎えても騎手としてスタートした原点を思い出せるのかもしれない。

恩に報いたい

　Ｇ１初騎乗で制した天皇賞（秋）のプレクラスニー、最低人気で勝ったスプリンターズＳのダイタクヤマト。今回はこれまでのＧ１とは気分も、人気も違う。

「でも、人気になっても走るのは馬だし、こっちはその馬に合わせて、その馬の走りをさせてあげるだけ。アラバスタは安心して乗れる。力をつけているのが分かるし、しまいには絶対にいい脚を使ってくれるから。いい競馬をしてくれると思う。」

愛馬との１年越しのＧ１舞台。迷惑をかけたオーナー、調教師をはじめ関係者に、そしてアラバスタに。職人としてこの仕事はきっちり成し遂げたい。（文中敬称略）

（終わり）

　紫苑Ｓの降着から１年。再びこのコンビがＧ１の舞台に戻ってきました。あの降着のためにここまで来るのに随分遠回りをしてしまいましたが、あの降着があったからこそ今の活躍があるのかな、とも思います。

　ここ３戦の走りができれば、Ｇ１でも十分勝負になるはず。あとは輸送だけですが、今のアラバスタなら克服できると信じています。今までお世話になった方々のため、そして自分自身のためにも、白馬・アラバスタを勝利へとエスコートしてあげてほしいですね。